AIの脅威とは

日進月歩のAI技術の台頭によって、これまで人が行なってきた仕事がなくなるという話をよく聞くようになった。「AIの脅威」とか「AIは人類の敵か味方か」というネガティブな論調も多い気がする。はたして生身の生命が営むこの世界において、人類がAIとの関係をどう築くのかというのがここ数年あたりの関心ごとである。

話は変わるけど、平成の次の元号が何になるか?
発表までの間にはいろんな予想が出ていた。僕は「永相」という元号を密かに予想し、ごく身近な人にだけひそひそと話していた。読み方は「えいあい」。

「AIは、人類がこれから先、永く付き合っていく相手」という意味で「永相」だ。数年のち、「たしかにあの改元のタイミングあたりがAI元年だった」と成熟した人工知能社会の中で、AIが正しい定義とともに記憶される日が来るのではないかと考えていた。

実際には「令和」という万葉集から抽出された、日本的で奥ゆかしい新元号を知っていくらか気恥ずかしい想いもあったが、社会環境や時事背景に由来した命名なら「永相」も悪くないように今でも思っている。

本題に戻って「AIの脅威」という論調についてひとつ思うことがある。それは、AI社会で暮らすようになった人類が、たとえば仕事を奪い合ったりすることで、人間同士が首を絞め合うような状況に陥ること。それこそが「AIがもたらす人類にとっての本当の脅威」というふうに思えてならない。

今のところ、AIに悪気はないように思える。AIは敵か味方か。人間次第ではないだろうか。

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