くだらない話

もはや隣で仕事をしている同僚に明日の天気を聞くことはない。スマホに聞けば済むし、信頼性においても優れている。
そんなことはみんな知ってることで、実際に天気が気になれば誰かに聞こうという前に調べている。

人同士の会話が減ったなとふっと思った今日この頃。

昔は明日の天気について新聞やニュースをみてあらかじめ知識を持っていることには少なからず価値があった。お金にはならないまでも、天気のことはあの人に聞けばいいみたいな一種の個性づけくらいには役立っていた。

いまは明日の天気を知っていることに価値はない。

このご時世、明日の天気を人に聞くときは、くだらないこと聞きますけど…と前置きしないとあほだと思われかねないのだ。

天気のことに限らず、わからないことや気になったことは調べればいい。何十年も前のことでも、いま現在のことでも、理路整然と答えてくれる。スマホはずっと人の傍にある。

逆に、くだらないことを聞くときはくだらないこと聞きますけどという前置きは不要となった。

もう二日も大きいほうが出てないんだよ、うちの犬。

こんなテーマほど会話としての寿命はながいものだ。

くだらないことにこそ価値がある時代。くだらないことには、調べたり、検証したりする余地がある。それには人が時間を費やすだけの魅力がある。ほんとうにくだらないことは調べようにもネットにもなかなか転がっていない。

デザインの仕事で打ち合わせなどをしているとそう感じる。ひとつのデザインが世に出るまでの間にどれだけくだらないことを真剣に考えていることか。

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